小平ふるさと村(東京都小平市)
小平の地は、江戸時代初期の玉川上水の開通にともなって開発が行われた新田村落です。かつては、青梅街道をはじめ、東西に走る各街道沿いに屋敷森に囲まれた農家が並び、街道をはさんで農家の南北には短冊型の畑が続いていました。しかし近年小平の面影も大きく変わりつつあります。
こうした中で小平市は、寄贈を受けた小川家玄関の他、4棟の建物を解体保管してきました。市民の郷土の文化に対する関心の高まりに応え、これらを文化遺産として後世に伝えていくために、「旧神山家住宅主屋」「旧鈴木家住宅穀櫃」「旧小川家住宅玄関棟」「旧小平小川郵便局舎」等を移築復原し、「開拓当初の復原住居」「水車小屋」「消防小屋」「外便所」等を建築し、平成5年5月に「小平ふるさと村」として開村しました。
当村では小平の年中行事や催し物を実施しており、これらを通じて当時の生活をしのび、郷土「こだいら」へ一層の愛着を深めていただければ幸です。 パンフレットより
この建物は、明治41年11月15日、小川町1丁目1,075番地に郵便局舎として建てられ大正2年9月4日には140m東の旧所在地に曳屋されました。
その後、郵便業務に加え電信事務、電話交換等の業務もこの建物で行われており、何度かの増改築が行われていることが解体調査の結果によっても裏付けられました。移築にあたって、郵便事業とあわせ電信・電話業務も行われていた大正末期の形に復原されました。 現地説明板より
言い伝えでは「この主屋は小金井から移築された」といわれており、解体調査からもこのことが裏付けられています。
間取り形式は、江戸時代中期の後半(18世紀後半)から後期にかけて見られる喰違い四っ間型と呼ぶものです。小金井に建てられた当初は、三間取り広間型と呼ばれる江戸中期まで遡る形式であったと考えられます。
小平の新田開拓農家として、江戸時代中期から後期にかけての住まいの特徴をよくとどめる貴重な文化遺産であるといえます。 現地説明板より
この建物は、もと小川町1丁目2,370番地の小川家」に付属する玄関棟でした。昭和51年主屋の建替えに伴い小平市に寄贈され、解体保存されていましたが、平成4年3月ふるさと村に移築復原されたものです。
この玄関は、主屋とは別棟として建てられたもので、主屋とは渡り廊下でつながっていました。正面と背面に破風のある入母屋造りで、正面左手に「控えの間」を設け、寄せ棟造りの屋根が矩折れに付きます。正面の破風は、けやきの千鳥破風とし、懸魚、六葉をそなえ、木連格子が入る本格的なものです。棟札によって文化2年(1805)に建てられたことがわかります。
小川家は、開発以来、幕末までの200年にわたって小川村の明主を代々務めた家で、この玄関棟が明主屋敷のものとしては他に例を見ないものであるところからも、別格の高い地位を占めていたことがうかがわれます。 現地案内板より
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