長屋門公園(神奈川県横浜市瀬谷区)
横浜市長屋門公園歴史体験ゾーン利用案内●所 在 地 神奈川県横浜市瀬谷区阿久和東1-17
●電 話 (045)364-7072
●開園時間 原則として午前9時より午後5時まで
●休 館 日 毎月第2金曜日(但し祝日は開園)
年末・年始(12/29~1/3)
パンフレットより
この建物は、元横浜市泉区和泉町2937番地に屋敷を構える安西家の主屋であったが、平成2年横浜市に寄贈された。
市緑政局では当長屋門公園に移築すべく調査・解体工事を行い、翌平成3年6月復元修理に着手し平成4年6月竣工した。
安西家は位牌によると元禄8年(1695)から続いており現当主で13,4代を数え、天保期には和泉村の明主を勤めていたことが当家に所蔵される「相模国村高控帳」によって明らかである。
当主屋はもと西向きに建てられていたが、本工事では南向きとした。
間取りは解体時四ツ間取りであったが、痕跡によって広間型とし、巾一間の押板と大型のイロリも復元した。
痕跡には、使用されなかった仕口や喰い違いのあるものも多くみられた。これは当主屋が安西家の主屋として和泉村に建てられる以前の前身の時代があったことを示すが、伝承によっても元在った場所は明らかではない。
建築年代を明らかにする史料は未だ発見されていないが、間取りや構造の特徴からは江戸時代中期(18世紀頃)のものと思われる。
解体時に大黒柱通りの土中に埋められたトックリが発見され、このトックリの製造年代が天保年間頃と推定される。 パンフレットより
建築年代は明治後期と思われる。現在残っている扉は黒漆喰で仕上が施されており、頑丈な金物で支えられ幾重のも蛇腹を持つ。
内部の太い梁や軸組など丁寧な仕事が施され、施主の財力を示すとともに収納された物の大切さを物語っている。
壁も扉と同様に黒漆喰で仕上げられていた可能性があるが、関東大震災による被害が大きく、建物は傾き、壁は崩れ落ち残ってないため、断定はしかねる。
用途は衣類、什器など家財の収納にあてられていたようである。 パンフレットより
長屋門は、正面から見て右側に大きな開口部を持つ居住部分、左側には納屋土間、さらに土蔵が続くという珍しい形式となっている。
長屋門の建築年代は明治17年といわれ、穀蔵は長屋門より以前に建てられたと思われる
門の右側部分は隠居所として使われたり、養蚕に利用されるなど、幾たびかの改造を経てきているようだ。
戦後は診療所として利用され外壁が白い漆喰で覆われていたが、その後再び座敷に戻され本工事に至っている。
穀蔵は、その名の示すとおり穀物の保存、農機具の収納に用いられたようだ。
パンフレットより
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