蘆花恒春園
蘆花、徳富健次郎がこの武蔵野の粕谷の里に移り住んだのは明治四十年二月二十七日、彼が四十歳の春であった。以後彼は、雑木林にかこまれた自然の中で田園生活を楽しみ、数々の名著を残し、昭和二年九月十八日療養先の伊香保の地で永遠の眠りについた。蘆花の遺骸は、邸前の橡林内に埋葬され、昭和十二年六月十四日愛子夫人より遺邸のすべてが当時の東京市に公園として寄贈された。市は文豪の生活を偲ぶ記念の地として、蘆花恒春園と名付け一般に公開してきた。昭和六十一年三月十日邸地を当時の姿に復元、保存し永久に子孫に伝えていくために、東京都指定史跡として指定され、現在に至っている。
蘆花邸主屋
徳富蘆花は、肥後国葦北郡水俣村手水(現在の熊本県水俣市浜二の六の五)に代々惣庄屋を勤めた徳富家の三男として明治元年(1868)十月二十五日(旧暦)に生まれた。名は健次郎。兄は猪一郎(蘇峰)である。明治三十一年から翌年にかけて「国民新聞」に連載した長編小説「不如帰」が明治文学の中でも有数のベストセラーとなった。
明治四十年(1907)二月二十七日青山高樹町の借家から、北多摩郡千歳村字粕谷のこの地に転居した。トルストイの示唆を受け、自ら「美的百姓」と称して晴耕雨読の生活を送り、大正二年(1903)六年間の生活記録を「みみずのたはこと」として出版、大正七年(1918)には自宅を恒春園と名付けた。昭和二年(1927)七月伊香保に病気療養のため転地するが、同年九月十八日駆けつけた兄蘇峰と会見したその夜に満五十八歳で死去した。墓所は旧宅の東側の雑木林の中にあり、墓碑銘は兄蘇峰の筆による。
昭和十二年(1937)蘆花没後十周年に際し愛子婦人から建物とその敷地及び蘆花の遺品のすべてが当時の東京市に寄付され、翌年二月二十七日「東京市蘆花恒春園」として開園した。
この旧宅は、母屋、梅花書屋、秋水書院の三棟の茅葺き家屋からなり、これらは渡り廊下によって連結されている。「美的百姓」として生きた蘆花の二十年間にわたる文筆活動の拠点であり、主要な建物は旧態をよくとどめている。<BR>
平成十四年三月二十九日 東京都教育委員会 現地案内板より
この建物は、蘆花が烏山に在った古屋を買い取り移築し、一九一一年(明治四十四年)一月から春にかけて、建て直したもので通称「奥書院」の名がある。建前は一月二十四日であった。その日蘆花は当日の午後になってから判ったのだが、当時世間の耳目が集めた大逆事件の犯人とされた幸徳秋水以下十二名の死刑執行の日であった。
蘆花は大逆事件については冤罪であると、大きな関心を寄せていたが一月中旬に十二名が死刑判決を受けたことを知ると兄蘇峰及び桂総理宛に再考の書簡を出した。
また一月二十二日には、第一高等学校(現東京大学)生徒の弁論部委員が演説を依頼にきたので、とっさの思いつきで「謀叛論」と題し二月一日を約束し、当日は草稿も持たず会場に溢れんばかりの生徒達を前に演説した。
かくして奥書院は同年春に完成した。蘆花夫妻はこの建物を「秋水書院」と名付けたが、一<般に「秋水書院」と呼ばれるようになったのは戦後のことである。 現地案内板より
この建物は、蘆花が一九〇九年(明治四十二年)三月に松沢町北沢(現、世田谷区)に売屋があるとの情報で早速見に行って手付を渡し、四月二十日に建前を行い、五月三十日に全部終了した。
母屋との間は、踏石を渡って往復した。梅花書屋の俗称は、この家に掲げられてある薩摩の書家鮫島白鳥翁(西郷隆盛の書道の師)の筆になる横額によるものであり、この額は蘆花の父徳富一敬から譲られたものである。
梅花書屋の命名以前には、単に「書院」、後には「表書院」と呼ばれた。
現在ある梅花書屋、秋水書院、母屋をつないでいる廊下は秋水書院完成後につくられたものである。 現地案内板より
この建物は蘆花夫人の愛子さんが、昭和十二年九月十日、蘆花没後十年を期して、東京市に土地・建物・遺品等の一切を寄付し、翌十三年二月二十七日蘆花恒春園が発足するに際して、婦人の要望に基づき、婦人の当面の住まいとして、当時東京市が新築したものです。
しかし、愛子夫人が実際に居住したのは、昭和十四年十一月までと短い期間でした。と言うのも、現在「花の丘」として蘆花恒春園の一部に編入されている区域に当時野外のゴミ集積所がつくられ、風向きによるその悪臭にほとほと悩まされたことが大きな理由のようです。このため夫人は三鷹台にに土地を借り家を新築し、日常はそちらに住みました。
愛子夫人は後に熱海に転居し、そこで昭和二十二年二月二十日永眠しました。その遺骸は本園くぬぎ林内の蘆花の墓地に一緒に埋葬されました。
なお、この建物は後に、公園施設の集会場として公開され以後多くの人に利用されてきております。 現地案内板より
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