三 渓 園(神奈川県横浜市)
三渓園は、生糸貿易で財をなした横浜の実業家 原 三渓(本名;富太郎)の元邸宅。彼は、ここに京都や鎌倉などから歴史的に価値のある建築物を移築し、明治39年(1906)年”三渓園”として一般に公開しました。175,000㎡(約53,000坪)の園内には、10棟の重要文化財を含む17棟の古建築物が四季折々の自然の景観の中にたくみに配置されています。第2次世界大戦では大きな被害を受けましたが、昭和28年(1953)年原家から財団法人三渓園保勝会の手に移されたのを機に復旧工事が行われ、5年後にはほぼ昔の姿をとりもどしました。 パンフレットより
紀州徳川家初代・頼宜が和歌山・紀ノ川沿いに建てた数奇屋風書院造りの別荘建築。屋内には狩野派の襖絵や数奇屋風の意匠が残る。慶安2(1649)年建築。
岐阜県白川郷にあった江戸時代の庄屋の家を移築いたもの。園内で唯一内部を公開している古建築で、半分が普通農家の板張りの床、半分が来客用の畳敷き座敷という構造のめずらしいものです。屋内では飛騨地方の民具を展示しているほか、いろりでは毎日薪がくべられてます。
皆様からの古民家園情報もお待ちしております。ご協力お願い致します。
古民家に憧れを抱く坂本建設では、近代古民家「博士の家」での施工を行っています。
>>究極の健康住宅「博士の家」とは?
>>究極の健康住宅「博士の家」:施工事例











